フォトクロニクル:2025-2026年
AIが、空気のように漂う時代
生成 AIが、完全に日常へと溶け込んだ頃です。
誰もが言葉「プロンプト」ひとつで、息を飲むようなリアルな画像を生み出せるようになり、「レンズで光を捉えること」の意味が、かつてないほど激しく揺さぶられました。
けれど、面白いもので、デジタルの波が押し寄せれば押し寄せるほど、私たちはその反動で「手触り」を求めるようになります。暗室の匂い、フィルムのザラつき、あるいは汗をかくような身体的なパフォーマンス。そうした泥臭い写真行為が、デジタルの海に対する「碇(いかり)」として、愛しく思えるようになったのです。
プロンプトという新しい筆
プロンプトグラフィー (Promptography)
カメラを持たず、AIと対話して描く画像。2023年にボリス・エルダグセンがソニー・ワールド・フォトグラフィー・アワードの受賞を拒否したあの事件から、これは「写真」ではなく新しい「アート」なのだと、ようやく定着し始めました。
本物の証 (C2PA/Content Credentials)
「これは本当にカメラで撮ったの?」そんな疑念を晴らすためのデジタル署名技術が、カメラの標準装備になりました。真実を証明するために、テクノロジーが必要になるなんて、皮肉な話です。
データを彫刻する者たち(世界)
レフィク・アナドル (Refik Anadol) | トルコ/アメリカ
彼は写真家という枠には収まりませんが、写真の歴史を語る上で避けては通れません。何億枚もの写真をAIに読み込ませ、それらを溶かして混ざり合わせ、巨大な「データの彫刻」として提示しました。写真はもはや「一枚の静止画」ではなく、うねり続ける情報の波になったのです。MoMAでのあの展示は、写真とデータの境界線が消滅した、象徴的な事件でした。
チョ・ギソク (Cho Gi-Seok) | 韓国
K-POPの熱狂と共に現れた彼は、デジタルの加工と、職人的なセット作りを完璧に融合させました。ファッション写真でありながら、シュルレアリスム絵画のよう。「不完全なものの美しさ」を愛する彼の作風には、AIがどれだけ計算しても出せない、生々しい「艶」が宿っています。
指先で歪む現実(日本)
小林健太 (Kenta Cobayashi) | 神奈川
デジタル画像を指でぐにゃりと歪める。その「グリッチ」と呼ばれる手法で、彼は都市の風景を抽象画のように変えてしまいます。それは写真というより、私たちがスマホの画面越しに見ている「デジタル化された現実」そのものを写し取っているよう。現代の都市感覚そのものです。
片山真理 (Mari Katayama) | 群馬
自身の義足や身体をオブジェのように扱い、手縫いの装飾品と共にセルフポートレートを撮り続ける彼女。AIがどんなに「完璧な人体」を描けたとしても、彼女の身体に刻まれた「痛み」や、そこで生きているという「実存」は、決して模倣できません。テクノロジー全盛の今だからこそ、彼女の作品は圧倒的なリアリティで迫ってきます。
紙で残すべき一冊
* Webやスクリーンが主戦場だからこそ、あえてZINEや小部数の本で「AIにはできない特殊印刷」を試みる。そんな、物質への愛着があちこちで花開いています。
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